オーナーインタビュー #07
OWNER INTERVIEW #07
【57年間、営業先と社員の「喜び」が営業を支え続ける】
大進工業株式会社
代表取締役 齊藤仁道さん、顧問 伊藤敏彦さん、相談役 齊藤武夫さん
営業の"骨組み"となった6席 家族もビジターファンも笑顔にする空間
ビルや倉庫、商業施設。街の骨格となる鉄骨を、大進工業は自社で加工・製作し、現場の組み立てまで一貫して手がけている。人の暮らしを、静かに支える仕事。同じように57年間、営業の現場でも欠かせない"骨組み"となってきたもの——。それが、東京ドームのシーズンシートである。
昭和46年(1969年)、後楽園球場の時代から契約し続けている。始まりは、当時の専務・齊藤武夫氏のある思いから生まれた。お酒があまり得意ではない性分。それならば別の形で得意先に喜んでもらえないかと考えた。目に留まったのが、「プラチナチケット」と呼ばれた巨人戦のシーズンシート。誰もが欲しくても手に入らない席を、大切な人に届ける。営業を長く支える一手が、ここに芽生えた。
当時、武夫氏が座ったのは、スコアボード正面真ん中の特等席。「印象に残っているのは、巨人ー阪神戦で堀内恒夫投手と江夏豊投手の投げ合い。あとは西本聖投手のシュートがすごくて。ちょうど上から見えましてね、"キュッ"と曲がってくる球筋が。テレビで試合を見ているより、投手の技術がはっきり見える。あの体験は忘れられません」。語る言葉に、当時の感動が鮮やかに宿る
武夫氏には、幼い頃から後楽園球場へ連れて行った息子がいる。現代表取締役・齊藤仁道氏。長嶋茂雄さんのホームランを目の前で見て「自分が応援したから打ってくれたのかな?」。子ども心に芽生えた感覚が、生涯のジャイアンツファンを決めた。父が見せてくれた景色があったからこそ、シーズンシートは今も家族のような存在だ。「60年近く前に買っといてくれて、ありがとう」。現社長のこの一言に、親子の物語が凝縮されている。
シーズンシートの使い道は、大きく二つに分かれる。一つは福利厚生。社員1人、1シーズンで1~2試合が利用でき、約3分の1の社員が観戦する。ビジターファンの社員からも感謝の声が上がり、家族や友人と観戦を楽しむ社員も多い。
もう一つが営業ツール。こちらがメインになる。「ゴルフ接待も飲食接待もやってこなかった。唯一の営業ツール」と語る現社長。渡した後は営業先の自由。見返りを求めないからこそ、距離が自然に近づいた。当初は2席。社員や営業先の「家族で見に行きたい」という声に応え、4席に増やした。さらに現在は2席を追加し、計6席に。「4席あれば使い勝手が良い」という営業現場からのニーズが、シーズンシートの拡張を導いた。
ユニークなのは、ビジター側の視点。三塁側のシートで応援した得意先からは、ジャイアンツファンであっても、ビジターファンであっても、毎回お礼の言葉が届く。実は相談役の武夫氏も阪神ファン。「一糸乱れぬ応援を見ているのが、試合より楽しいぐらい」。席の近くにボールが飛んで来てテレビに映った、あの喜びも直接聞く。巨人のホームであっても、ビジターも心ゆくまで楽しめる。この懐の深さが、大進工業の営業を長く支えてきた。
後楽園から東京ドームへ。時代は移ったが、根幹は変わらない。顧問の伊藤敏彦氏は語る。「チケットを使って、家族、友達で行っていただくことで、会社と人が繋がっているのが一番。それが長く続く関係を作るんですよ」
武夫氏が「大切な人に喜んでほしい」と始めたシーズンシート。息子・仁道氏は父と同じ球場で見た景色を胸に、想いを次の世代へ繋いでいく。街を支えてきた鉄骨の会社の営業を、6席のシーズンシートもまた、確かな骨組みとなって支え続けている。